時代や場所によっててんぷらの油は異なってきます。
単品として食べる場合、天つゆで食するのが一般的であり、食材によっては柑橘類の絞り汁だけをかけて食べる事もある。天つゆは出汁と醤油が基本となるつけ汁で、大根おろし、紅葉おろし、おろし生姜等が薬味として用いられる。
また近年では付け塩で食べることも多く、塩は単なる粗塩の他、抹茶(抹茶塩)、カレー粉(カレー塩)、柚子皮(柚子塩)、山椒等が混ぜられる事もある。
家庭料理としては醤油、ウスターソースをつけて食べる所もある。
なお、塩を付けて食べるのは東日本、ソースを付けて食べるのは西日本に、それぞれ多くなっている。その中でもソースを付けるか付けないかについては愛知県や長野県あたりを中心に東西に分かれており、特に東北地方や北海道ではほぼ皆無となっているようである。また、西日本ならほとんどソースかと言うとそうではなく、天つゆを使う人と半々くらいの割合である。ただ、地域によっては大半がソース派というところもある。
白飯にのせ、タレをかけた「天丼」、蕎麦・饂飩にのせた「天麩羅蕎麦」・「天麩羅饂飩」も一般的な料理であり、多くの蕎麦屋では丼類、麺類それぞれの最高級メニューとして花形を飾っている。
この他、白飯に掻き揚げをのせてワサビを添え、出汁や緑茶をかけた「天茶」(天ぷら茶漬け)という食べ方もある。
多人数による卓上での調理
食卓にコンロ(または電磁調理器)と天ぷら鍋を置き、次々と衣を着けた天ぷらを揚げ、何人かで取り囲んで鍋料理のように食べる、オイルフォンデュのような形式もある。これを「お座敷天ぷら」と呼ぶこともある。
歴史
戦国時代の16世紀頃に、キリスト教の宣教師達によって伝来された。宣教師達は、水で溶いた小麦粉の衣で魚をまとい、熱い油で揚げて食べたとされる。当時は「南蛮焼き」と呼ばれていたと伝えられる。ただし、当初伝えられたレシピは、現代のフリッターの原型とも考えられる。フリッターはふんわりした衣であるのに対して、サクサクとした衣を作る技法に発展して行ったのが、日本料理としての「天ぷら」だと考えられる。
江戸時代には、天ぷらは屋台などで売られた庶民の手軽な食事だった。それが江戸前は炒り胡麻油で、京都などは綿実油を使用し、料理店でだされるようになり、後には高級料理にもなった。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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